Diary of a Madman

癲狂院に置かれた或る一冊のノートブック
狂気の記憶が焼き付いた、深淵なる倒錯の記録の数々。
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形にすることの難しさ

 前の書き込みの話の流れで書きます。

.......例えば、もしも例えば、明日に自分が死んじゃったりすると、かなり悔いが残ってしまいます。それは日の目を見ない作品が膨大にあるからです。

 今はサイトのリニューアル中なので全く曲作りなどしていないのですが、時々シーケンスソフトで昔作った、作りかけのファイルを開いてプレイバックしたりすると、すっかり忘れていたけれど(・∀・)イイ感じ.....、というのがかなりあります。シーケンスソフトで曲作りを始めてもう6年程......実際まともなものが出来始めたのは'00辺りからなので、使えそうなファイルがあるのはそれ以降になりますが、本当にファイル数だけはやたらあります。もちろんなんでもかんでも保存しておくのではなかったわけですが、キーボードやギターを弾いて良さそうなフレーズなど断片的に出来たら「とにかく録っておく」ことを徹底していましたので、およそ....1500程あります。その内、作りかけでもこれは特に(・∀・)イイと気に入っているのが少なくとも1/5程はあります。

 実は、今までサイトに載せてきた曲のほとんどは、その気に入っている1/5の中には入っていないものです。「気に入っている」と言うなら極論を言えばサイトに載せた完成曲はみなそうなのですが、.....何と言えばよいのか........「自分の持ち曲でメインにしたい曲」というのが.....現時点ではサイト上にはほとんどありません。言い張れるのは......今は載せていませんが「Sacred Blood」〜「Elixir」までの5つの曲、それと今載せている「Crucifix」「Raspberry Tearoom」「Burgundy Night」「枢機卿」「風の記憶」辺り......。

 この辺りについては後述しますが、とにかく自分のスタイルがだいぶ出し切れていないのが現状です。まだ作れる能力がないことや、(悪い癖なのですが)出し惜しみしている部分もあると思います。いいメロディが断片的にでも出来たらそれに満足してしまって、形にすることの大切さを忘れてしまっていたのだとも思います。誰かに見たり聴いてもらえなければ、作っても意味がないのですし。.....もっとも誰も自分の駄曲など聴きたがる方はいないのかもしれませんが、自分自身としても作ったものがアイデンティティになると思いますし、今の段階では満足できないからしまっておく、というのはやはり損なのかもしれません。

 ただ、形にして出してしまうと、その後の脱力感というか、今後さらに良いものが作れるかどうか不安になってしまったりします。.....だから出し惜しみしているのかもしれません。 もっともこんなことを考えている時点で良いものがつくれるわけがない!と突っ込まれそうなのも承知しています。ですが、音楽の場合、どうしても限界値に達してしまいがちだと思ってしまうんです。絵の場合だったら、キャラの顔立ちはいつまでも同じでも、その服装などのスタイルや背景、題材が変わっていれば、同じものだとはあまり思われないはずです。ですが、音楽には、同じスタイルで数十曲もやり続けるというのはどうも無理があると思うのです。人が聴いて「普通に心地よいと感じる曲」には、コード進行の流れもある程度決まってしまいますし、歌ものであれば極端な音域差のあるメロディは無理ですから、それもかなり制限されてしまいます。その上に、自分のスタイルを持つ、というのはオリジナリティを出すことと同時に自ら制限枠を設けてしまうことになってしまいがちですから.......そう考えると、先が怖くなってしまうんです。能力のなさを努力で切り開くしかないとは思っていますが.........。

 いずれにしても、とにかく形にすることを優先させるべきだと最近は以前にも増して感じています。サイトだって、もう何ヶ月待たせていると思うと.......。もっと効率よく作業する術を身につけなければいけないようです。今まで作ってきたことに割いた時間や、その時の自分のことを考えれば、何が何でも形にしなければ無駄になってしまいますから。

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