Diary of a Madman

癲狂院に置かれた或る一冊のノートブック
狂気の記憶が焼き付いた、深淵なる倒錯の記録の数々。
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5月の購読

5月末に買った本は以下のとおり。

あたりまえのこと/倉橋 由美子 (著)
よもつひらさか往還/倉橋 由美子 (著)
奉教人の死/芥川 龍之介 (著)
水晶幻想・禽獣/川端 康成 (著)
殉情詩集・我が一九二二年/佐藤 春夫 (著)
さくらん/安野 モヨコ (著)
少女セクト 1、2/玄鉄絢 (著)
脳病院へまゐります。/若合 春侑 (著)
賞賛語(ほめことば)・罵倒語(けなしことば)辞典 /長野 伸江 【著】


あとはいつものように、コナンとスクラン。


 レビューが遅くなってしまいました。(もう9月だっていうのに...)(*注:書き貯めていた記事です。)
「奉教人の死」と「少女セクト」は以前書きましたので省略。

 「あたりまえのこと」
「大人のための怪奇掌編」を読んでからというもの、すっかりフェイバリットの作家のひとりになった倉橋由美子の小説論です。前編と後編におおまかに分けられていて、どうやら書いた時期が異なる様です。前編は20年以上も前に書いてあったもので後編は最近になってかかれたもののようです。(体調がすぐれないなどの記述もありました)
 ともかくせっかくお気に入りになったのに故人となってしまったことは、残念でならないです。そんな倉橋由美子が遺した「小説を書く/読むため」の本です。「小説論」だなんて触れ書きでしたのでムズカシイ持論が展開されているのかもと思いもしましたが、いざ読んでみるとエッセイ風で事項別に述べられていたので、とても読み易かったです。

 前半は「小説論ノート」と題し、「恋」「女」「運命」「自殺」「狂気」などの項目ごとに持論を述べられています。何々の書き方は良くない...という感じで次々とそしてずばずばと、歯に衣着せぬ物言いで批評しています。これがどれもうなずく内容ばかりで面白かったですし、嬉しくもありました。というのは、前のレビューで「いちご同盟」に触れた時にこの本から引用しレビューしましたが、事実、自分が読んであまり面白いと思えなかった理由がそこにはずばり書かれてあったからなのです。これが本当に的を射るかの様に当てはまっているので、作者に共感してしまいそうな位でした。
 後半も事項別に持論を展開していますが、前半の「である」調に対して「ですます」調なので、なんとなく和んで読めます。w だって前半の雰囲気は圧迫感や冷淡ささえ感じる程でしたから。w  後半は「小説を楽しむための小説読本」と題して、批評に加えて今度は小説を読む際の指南をしています。「小説を楽しむこと」「小説を読むときのBGM」「人間がつまらない小説」「話がつまらない小説」など、前半に続いてこちらも膝を叩いてうなずいてしまう内容ばかりです。

 個人的に救われた..というか嬉しかったのは、「明治以後の日本で、とりわけ『美味』であるという条件を満たしてくれる小説はあまり多くない」中、谷崎潤一郎の「細雪」を挙げていたこと。(他には北杜夫「楡家の人びと」、トーマス・マン「魔の山」がお勧めとして挙げられていました) 谷崎については、語り手としてのうまさや名文のうまさとして、この本のあちこちで出てきます。ただ、谷崎訳の「源氏物語」はああいう風に訳する意図が分からない......と書かれていましたが。w  


そんな「あたりまえのこと」の批評内容にいくつも当てはまってしまった本がありました。(あくまでも個人の主観としてです) 
それが、「脳病院へまゐります。」です。

 文學界新人賞を受賞し芥川賞候補にもなったということや、谷崎潤一郎に傾倒する主人公が登場すること、究極の情痴文学という触れ込みだったことで、買ってみたのですが全く好きになれませんでした。

 タイトルからそうですがこの本は珍しく旧仮名遣いで書かれています。「〜でしょう」→「〜でせう」の様になっています。それと共に旧漢字も多用しており戦前の雰囲気を出そうとする意図によるものだと思います。そういう感じ......つまりこの「癲狂院」にも通じる雰囲気が味わえるかも....と思っていたのです。でも期待はずれでした。

 読み始めは良かったのです。ですが次第に登場する女の言動が、うじうじした言い訳っぽく感じてしまい、中盤辺りからそれが著者の言い分、終いにはその登場する女が著者自身に感じてしまって、萎えてしまいました。最初は著者の名前から男の作家かもと思っていたのですが、読後に知ったのですが女の作家でした。思わず納得してしまいました。話の展開も結局のところ主従関係のままこれから脳病院へいきますと言うだけで何も変わらないまま。ただ脳病院へいきたいとわめいているだけのように思えてしまいました。谷崎に傾倒しているという主人公の男は女に自身の性癖を押し付けるのですが、これも..........。具体的に書きたくないですが........その男は女に食糞させたりするのですが、個人的に感じたのは、単にスカトロ行為を書きたいだけだったのではないかと、インパクトの名目のみで意味はないのではないかと.......そう感じました。実際には難しい言動も言葉では簡単に描けます。とにかく物語からその部分だけが浮いてしまっていて、先ほど挙げた点などと共に読んでいくと、旧仮名遣いも単なるメッキのようにさえ思えてしまって........著者や気に入っている人には申し訳ないですが、本当に楽しめませんでした。

 解説に、情痴文学の親玉として谷崎潤一郎、それに続いて近松近江や岩野泡鳴など挙げられていますが、それなら最初からそれらの作家の作品を読めば良いこと、良く分かりませんが褒めているつもりが却って解説者自ら他書を勧めている様にも思えてしまいました。


 「よもつひらさか往還」
読む前はタイトルを見ても「?」という感じでしたが、読むにつれてなるほど納得でした。これは「大人のための怪奇掌編」と同じように1話ごとに区切られていて、それが15話あります。「大人の〜」と異なるのは、1話1話ごとにストーリーが進んでいく点です。それぞれの話は、慧(けい)君という主人公がバーテンダーである九鬼さんという得体の知れない老紳士が作ったカクテルを飲んで、その後に幻想とも現実とも言えない世界へいざなわれてしまう、というプロットで構成されています。

 感想は........「大人の〜」のレビューとだいたい同じです。さすがという出来映えの作品です。精緻な文章やあらゆる分野から引用した文章により的確に表現されていて、幻想的な世界さえもありありと頭に浮かんできます。そういう文章表現などの技巧がまず素晴らしい。そしてわくわくさせる話の展開力.......九鬼さんのカクテルを飲まずともその世界へ逝けそうです。w まあ実際お酒は弱いのでカクテルなんてものには縁がないのですが、そんなことはどうでもよくなるくらい、ぐいぐいと物語の世界へ引き込まれてゆきます。

 作品を通して現れる、バーテンダーの九鬼さん、最初から異様な雰囲気でしたが話が進むにつれて人物自体が異様に。どうかんがえても人間ではない設定が次々と表れ、この九鬼さんを通して作品全体に妖しげな「もや」のようなものが漂っている様に感じました。

耽美でどこか退廃的でもあり乱堕的でもあり、デモーニッシュでもあり、からだとこころがとろけてしまうような狂酔さ。

 そういう設定なので、お酒好きの人にはなおさら好きになれるのではないかと思います。お酒に酔って脳ミソが宇宙へ逝ってしまう様な感じを見事に具象化させているのではないでしょうか。ちなみに「サントリークォータリー」という冊子?が初出誌ということになっています。酒造メーカーのサントリー....ですよね、たぶん。...........って今調べたらありました。

サントリークォータリー
バックナンバーを見てみると、確かに載っていますね。しかしよく見ると連載が15回で終わりにはなっておらず、確認出来たところでは、サントリークォータリーNo.76の22回。もしかしたらまだまだ続く予定だったのかもしれません。残りの分も読みたいです。


 「水晶幻想・禽獣」
読了しているのですがどういうわけかあまり感想を憶えていません.........。すみません。時間が経っていることもあるのですが、どうもピンと来なくて。思うにあまり好みのスタイルでは無かったのかもしれません。収録作品の多くが、何と言うか.....物語を手段として「思想」を表現している....そういう作風のような気がします。作品自体は悪くはないと思いましたし、やっぱり好みの問題だと思います。
 「禽獣」は、夏目漱石の「文鳥」と読み比べると興味深いですね。同じ小鳥を飼う私小説です。 「禽獣」は小鳥に加えて犬の話なども通して生物の死をみつめているようです。収録作品の多くが生や死を扱うものばかりで、どことなく死の引力に引きずられていくかのようなダークさがあります。淡々と話は進んでいくのですが、その不思議な引っかかりのようなものを終始感じていたのだと思います。
 「水晶幻想」は、収録作品の中でも一番不思議な雰囲気でした。犬を飼っている夫人と(主に人間の)生殖に関する研究をしているその夫、夫人の犬と交配させてもらうために家に訪れる令嬢が主な登場人物で、今で言うならブリーダーみたいなものでしょうか、犬の交配や夫の研究している生殖(・技術)の話などを盛り込むと共に、断片的で詩的な言葉を夫人の言葉として随所に散りばめています。この作品の触れ書きは「性をめぐる自由奔放な空想と溢れるイメージの連鎖を結晶化させた実験小説」とあります。そんな触れ書きから官能的な話かと思っていたのですが、まったく違いました。部分的に詩的な感じがしたせいかどことなく瑞々しく、水晶幻想というタイトル付けが読後になってわかりました。とても性的なのに全然いやらしくないのが不思議。


「殉情詩集・我が一九二二年」
この本を飼った理由は2chのあるスレに書き込まれていた詩が素敵で、それが佐藤春夫のものであると知ったからです。その詩というのは次のようなものです。

「水辺月夜の歌」

せつなき恋をするゆゑに
月かげさむく身にぞ沁む。
もののあはれを知るゆゑゑに
水のひかりぞなげかるる。
身をうたかたとおもふとも
うたかたならじわが思ひ。
げにいやしかるわれながら
うれひは清し、君ゆゑに。

 この詩は有名なのだそうですね。佐藤春夫というと申し訳ないですが今ではすっかり過去の人ですよね.......。でも文化勲章も授与されていますし、当時では知名度や人気があった作家だったようです。また谷崎潤一郎とも交流があって、谷崎の最初の妻を譲り受けたという「細君譲渡事件」も有名なようです。また、意外なところでは、絵心があったようで二科展に度々入選していたようです。

 詩というのは理解するのが大変で、買ったはいいもののなかなかページが進まず途中で放り出してしまうことがあります。ランボーのなんかは特にそうで、一体何を表現しているのか分かりにくくて苦労したことがあります。それでもどこか惹かれるというのが不思議です。ああ、でも「殉情詩集」はわりと分かり易かったですけれど。


 「さくらん」
これはコミックです。江戸吉原を舞台にした花魁のお話。................樋口一葉の「たけくらべ」を読んで以来、「吉原」について知る必要があるなと漠然と思う様になっています。なぜそう思うかというと.......わけもなくそう思うからなので何とも言えないのですが、もし挙げるとするならば、それは自分が「無粋」だから(今では「だった」であると信じたいですが)だと思います。それが吉原を知ることになぜ繋がるのかといわれると答えられなくなってしまいますが............。

 吉原を舞台にした又は取り上げた小説は数限りなくありそうですが、コミックというと........あんまりなさそうですよね。このコミックを知ったのは実を言うと随分前のことです。以前に「江戸300年 吉原のしきたり」という本をアマゾンで買った際に、関連商品として載っていたのでずっとカートに入れっぱなしにしてありました。

 感想ですが、結論から言うととてもよかった。とりあえず現行は1巻のみですが話は終わっていない様なので早く続きが読みたいです。独特の画風なので人によって好き嫌いが分かれると思います。 事実、自分も表紙を見て最初はあまり受け付けない感じでした。しかし実際読んでみると思うにこの画風がこのコミックには合っている気がしました。だって可愛らしい女のコだったら合わないでしょう? 剃刀を渡る様な生き方をしている女性を描くには、似合っています。 作中には吉原に関する用語が頻繁に登場します。禿(かむろ)新造などある程度は説明されていますが、羅生門河岸などの言葉が出てきてもそれがどういう場所なのかは分かりません。先ほど紹介した「江戸300年 吉原のしきたり」は、このコミックを読むのにちょうど良いガイドです。併読することでさらに内容を理解出来るのではないかと思います。

 大抵の女性はたぶん.....わざわざ読まなくたって観念的に理解できる/しているのだと思うんです。でも......男の場合とりわけ自分みたいなバカな男だとややもするとろくでもない考えを抱きがち。それでもってさも理解したかの様に振る舞ったりして周りに吹聴したり.........まあそれが勘違いというか無粋なわけで、そういうふうにはなりたくないんです。かといって理解するというのも男であるゆえに宿命的に難しい気もします。分かったつもりでいても女からはバカにされるだけでしょう。もっともこんなコメントをしている事自体、自殺行為なのですが。

 なので女性が描いた吉原というのはとてもすてきなことだと.......思います。おまけに映画化決定とのこと!! 嬉しいですね。


 「賞賛語(ほめことば)・罵倒語(けなしことば)辞典」
アマゾンで見つけて気になっていたので買ってみました。
.......が、アマゾンのレビューで評価されている程、自分には必要ではなかった様です。思うに類語辞典を持っていればそれで済む話だと思ってしまいます。あとはもう個人的な好みでしか評価できません。類語辞典と異なるのは、タイトルの様に褒め言葉と貶し言葉に分類して、しかも賞める/貶すというように人を評価する言葉に搾った点は良いと思います。ただ気になるのは著者の主観的な解釈、ウィキペディアに掲載されている事柄を引用している点(=正しい記述の保証はない所からのソースを引用している)...その辺りが気になりました。個人的には、作家の作品の中から実際にそれらの言葉を使って表現された文章を紹介しているのが、興味深かったです。


 コナンとスクランは............コナンの方はもう半ば惰性で買い続けている様なものです。連載当初から読み続けている人の多くがそう思っているはず。スクランは、少し話に変化が起きてきた様な気がします。最近1巻から読み直したのですが、ときたまハッとさせられる様なセリフが出てきたりして、何気に良いです。最初はそれも「ネタ」としての使い方かなとも思っていたのですけど、どうやら違うらしい??? それとハリマが隠れて徹夜で(..というかもう半ばバレてますが)マンガを描いて出版社に持ち込んでいたりする場面が度々出てきますが..........これってひょっとして作者本人の姿を重ねているのでしょうか。作者の経歴は知りませんが、スクランがデビュー作だとすると、なんとなくそう思えてしまいます。 もう少し描き込みが細かければなお素敵なのですが.......期待しています。


 また長々と書いてしまいました。1冊ごとに分けて書く方がよいかも。そもそもこの雑記を定期的にご覧になる方などいるとは思えませんが、見る立場で考えたら、好みがあるはずなのでまとめて紹介した本全てに興味を抱くとは思えません。ただ、現状ではどうせ自分しか見てないものだと思って、自分の記録として後の創作の参考になるように意図して書いています。なので少し感想としての表現を自分なりに言葉を選んで書いています。

 それはともかく、倉橋由美子の作品はお気に入りになりました。「さくらん」も大事に本棚に置いておきたいコミックです。他も期待はずれでもなく好きになれました。(コナンは微妙ですが) 「脳病院〜」と「賞賛語(〜辞典」を除いて。

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