Diary of a Madman

癲狂院に置かれた或る一冊のノートブック
狂気の記憶が焼き付いた、深淵なる倒錯の記録の数々。
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大人のための怪奇掌篇

大人のための怪奇掌篇/倉橋 由美子 (著)


 前回のレビューであえてせずに改めて紹介するのは、それほど気に入ったからです。
もちろん、あのリストの中では「春琴抄」も同じ位好きになった作品ですが、谷崎潤一郎は以前に紹介していますので敢えて分ける必要もないかと思いましてまとめてレビューしました。

  まず、倉橋由美子を知るきっかけとなったのは、以前にも紹介した2ch文学版内のスレッド「★★★★美しいと思った題名は★★★★ 【3】」内に「聖少女」というタイトルを見つけたからでした。「聖少女」......意味そのままの内容かもしくはエロのどちらかしかありえなさそうなタイトルですが、ともかく著者は誰なのか気になり、調べたところ、去年亡くなられたばかりの倉橋由美子という方でした。大学生の時に作家デビューし、芥川賞候補にも挙げられた人で、自分が知らないだけで名の通っている方の様でした。
 早速アマゾンで、入手可能の作品を探してみたのですが............驚く程少ないのです。なんだか過小評価されているのでしょうか。とても残念です。その中で気になった作品の紹介文で自分に合いそうだとピンときて、買ってみた、という次第です。

アマゾンの説明文は次の通りです。
「毒・棘・邪心・嘲笑・揶揄・嫉妬…。知的な恐怖と乾いた笑いの詰まった短篇それぞれが、見事な仕掛け、隙のない文章、堅牢なエスプリ、そして通奏低音としてのエロスに満ち、読む悦びを満喫させてくれる怪奇小説集。 」


 どうでしょうか?
わくわくさせる内容でしょう?

 早速届き、読み始めたのですが、とにかく面白く、読み易い。20話あって1話分がだいたい十数ページ。さくさく読めます。それでいて1話1話がバラエティに富んでおり、話のオチも上手くて、もう最高です。

 読んでいて感じた事は、文章の美しさと、比喩の仕方。
......よく、美しい文章を書く作家は誰かという問いによく挙げられるのが、谷崎潤一郎ですが、この倉橋由美子も美しい文章を書く作家だと思いました。文章の構築美があるように思えました。時おり難しい漢字が入っていても、不自然さも難解さもなく、とても芯の通った文章に見えました。また、読点の少なさも意外に見易く、後日買った「あたりまえのこと」に名文を書くのは天性によるもので努力して書けるものではない....などと書かれているのですが、倉橋ご本人もそのひとりなのではないかと思いますが。

 比喩の仕方.......とりわけ、神話や源氏物語からの引用を交えた比喩の仕方が印象に残りました。例えば、源氏物語に登場する、藤壷などを名前だけでも登場させる事によって、浮かべるイメージが変わるものなのですね。

 ヴァンパイア、イフリートなどの悪魔をベースにした話、「ヴァンピールの会」「イフリートの復習」、源氏物語を思わせる様な、代わる代わる違う男女が同衾する話「幽霊屋敷」、「性家族」とも書けそうな話ですが、そこにエスプリがきいていて単なる近親相姦ものに終わらないところがすごい「聖家族」、たけのこの様に生えていた男の生首を持ち帰り、栽培する女の話「アポロンの首」、やるせない結末が待っているロマンス、「瓶の中の恋人たち」........................。

  美しい旋律の様な話もあれば、滑稽で面白いもの、ぞーっとするほど怖いもの......とにかくおもしろい。「怪奇掌」とありますが、怪奇小説というわけではありません。話の次元は異なりますが、「世にも奇妙な物語」......ああいう要素があるような気がします。レビューにもありますが収録話の多くに「そして通奏低音としてのエロスに満ち」ています。全ての話がそうではありませんが、「大人のための」とタイトルにしたのにはその辺りに理由があるのかもしれません。.........しかしどれも展開が面白く、読んでいてこんなに嬉しい気分になったのは久しぶりです。


 本当に楽しめました。これならば誰にでも勧められる本です。(谷崎や夢野はちょっと.......なので)
ちなみに、アマゾンのレビューで変なことになっていますが、確かにこの本は、2006年に発売されましたが、1985年に発売されたものを再販している形のようです。当時の出版社から発売されたものは既に入手不可です。このことは、アマゾン内の倉橋由美子の作品を調べていけば分かりそうなものなのですが.........。なのでそれは気にせず、知らない方はぜひぜひ読んでほしいと思います。

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